質問:「ハーレクイン」とは何ですか? どういう意味でしょうか?
回答:「ハーレクイン」は「ハーレクイネイド」と呼ばれる英国の伝統的な喜劇で主役となるキャラクターの名前です。
詳しくは以下をご覧ください。
1. ハーレクイネイドとは?
1.1. ハーレクイネイドの概要
- ハーレクイネイド(harlequinade)は英国の喜劇。
- ハーレクイネイドは17世紀から20世紀前半にかけて上演された(最後の上演は 1939年)。
- ハーレクイネイドの起源は16世紀のイタリアで生まれた「コメディア・デラルテ(1)」。
- ハーレクイネイドの筋書き(ストーリー)は概ね同じで、登場人物も固定的。
- ハーレクイネイドに決まって登場するのは素敵な男性(主人公)・恋人役の女性・お笑い担当の道化役 (2) などで、この「素敵な男性」の名前が「ハーレクイン(Harlequin)」。
(1) 喜劇の一種。 原語は "Commedia dell'arte"。 意味は「プロの役者による演劇」。
(2) クラウンとピエロ。 ハーレクイネイドには両方が登場する。1.2. コメディア・デラルテについて
コメディア・デラルテは(催しなどで素人が行う演劇ではなく)プロの劇団による演劇です。 イタリアで上演されたほか、欧州各地に劇団が移動して上演されました。
コメディア・デラルテの劇団はロシアのほうまで旅をすることもありました。 団員の数は10人ほどで、そこに大工や道具係などの裏方、そして生活の雑用を担当する使用人が加わりました。
コメディア・デラルテの劇団は現在に知られるだけで8つありました。 劇団の寿命は数十年。
コメディア・デラルテは1つの場所には長く滞在しませんでした。 その地の人々に飽きられるからです。 しばらく上演して評判が上々なうちに、次の上演地に移動しました。 特定の地域の権力者に招かれて上演に赴くこともありました。
1.3. ハーレクイネイドの直接的な由来はフランス喜劇かも
英国喜劇ハーレクイネイドの起源がイタリア喜劇コメディア・デラルテなのは間違いありませんが、直接的な由来はコメディア・デラルテから生まれたフランス喜劇「コメディ・イタリエン (*)」かもしれません。(*) 原語は "Comédie-Italienne"。 意味は「イタリアの喜劇」。
イタリア人の劇団がフランスで上演したコメディア・デラルテが当時こう呼ばれた。 コメディ・イタリエンはイタリア語で上演されたりフランス語で上演されたりした。この説を支持する材料として Wikipedia の次の記述があります:
「ハーレクイネイドは当初は完全な無言劇だった。 当時、フランス人の役者が大量に存在したからだ」
この「フランス人の役者」とはコメディ・イタリエンの出身者でしょう。 コメディ・イタリエンを生業とするフランス人の役者が英国に渡ってハーレクイネイドの原型を作り上げたと考えられます。2. ハーレクインについて
- 「ハーレクイン」はキャラクター(登場人物)の名前。「ピーターパン」や「桃太郎」のようなもの。 『風の谷のナウシカ』で言えば「ナウシカ」や「ユパ様」など。『ドラゴンボール』で言えば「悟空」や「ベジータ」など。
- ハーレクイネイドに登場するハーレクインは(時代によって性格が異なるが)いたずらっぽく他人に悪意を抱くことのない素敵な男性。
- ハーレクイネイドに登場するハーレクインの目的は「コランバイン(Columbine)」という名の恋人キャラと結ばれること。
- ハーレクインはダイヤ形の模様のコスチュームと木製の剣が特徴。
ハーレクインのイラスト(18世紀)
〔クリックで拡大〕
画像提供: Rawpixel Ltd 様
3. ハーレクインの由来
3.1. ハーレクインの原型
ハーレクイン(Harlequin)の由来はコメディア・デラルテに登場する道化役「ザンニ (1)」の一人「ハーレキン (2)」です。(1) ザンニ(Zanni)はイタリア語。
(2) イタリア語では「アルレッキーノ(Arlecchino)」、フランス語では「アールキン(Arlequin)」。
「ハーレキン(Harlequin)」は、「アルレッキーノ」や「アールキン」というキャラクター名の由来となった悪魔の名前(後述)。 ハーレクイネイドの「ハーレクイン」の直接の起源が「アルレッキーノ/アールキン/ハーレキン」のいずれか不明なので、「ハーレキン」ということにして話を進めます。3.2. ザンニとは
「ザンニ(Zanni)」の語源は男性名 "Gianni"。 "Gianni" はイタリア北部の農村地域によくある名前だったので、「男性の田舎者」という役柄の意味で用いられました。 その "Gianni" が訛(なま)って "Zanni" になったわけです。3.2.1. 二種類のザンニ
「ザンニ」は田舎の農民なので概(がい)して粗野で無教養な役柄です。 「ザンニ」は第1ザンニ(Primi Zanni)と第2ザンニ(Secondi Zanni)の2種類に大別されます:
- 第1ザンニ ・・・ スマートなタイプ。 機敏で(教養は無いが)抜け目がなく、口が達者で女に手が早く、怒りっぽくて女性に対しても暴力的なキャラです。
- 第2ザンニ ・・・愚鈍なタイプ。 本当に頭が悪くて不器用で、自分の境遇に不満たらたらで、いつもお腹を空かせ乞食のように物乞いする情けないキャラです。
3.2.2. ザンニは道化役
ザンニは道化役です。 笑いを生み出すのが役目です。 2種類のザンニは次のように笑いを生みます:
- 第1ザンニ ・・・ 他の男キャラにイタズラを仕掛ける(女キャラは口説く)。
- 第2ザンニ ・・・ 主人であるベッキオとの間で誤解(笑いの種になる)を生む。 また、立派な人間であろうと背伸びをする(そして失敗する)。
3.3. ハーレキンは第2ザンニ
ハーレクインの起源であるハーレキンは第2ザンニです。
ですが、愚鈍な第2ザンニはハーレクインのスマートなイメージと合致しません。
どうして、ハーレキンが愚鈍なザンニだったのにハーレクインはスマートな感じなのでしょうか?
それは、ハーレキンからハーレクインが生まれるまでの過程でキャラのイメージが変化したからです。
3.4. ハーレキンの変化
ハーレキンのキャラに変化が生じたのは17世紀です。 フランス喜劇コメディ・イタリエンにおいてハーレキンが第1ザンニと第2ザンニを混合したキャラに変更され、それが定着しました。
新たなハーレキン
第1ザンニと第2ザンニが混合された新たなハーレキンは、機知に富むエレガントなキャラクターでした。
この新しいハーレキンが、英国喜劇ハーレクイネードのスマートな主役「ハーレクイン」の原型だと考えられます。
4.「ハーレクイン」という呼称の由来
4.1.「ハーレキン」の考案者
第2ザンニとしての(スマートではない)キャラクター「ハーレキン」を生み出したのはイタリア人の喜劇家トリスターノ・マルティネッリ(1556~1630年)です。
彼は 1584年にフランスで初めてハーレキンを演じ、のちにイタリアに戻ってそこでもハーレキンを演じました。
4.2.「ハーレキン」の由来
欧州の喜劇の世界に「ハーレキン」を持ち込んだのは、上述の喜劇家トリスターノ・マルティネッリです。
彼はフランスの民話に登場する悪魔「ハーレキン(Harlequin)」から、喜劇の登場人物「ハーレキン」を思いつきました。4.3.「ハーレキン」から「ハーレクイン」に至る過程
4.3.1. 辞書の説
「Random House Kernerman Webster's College Dictionary」という辞書によると、悪魔名「ハーレキン」から英名「ハーレクイン」に至るステップは次の通りです(上から下に進む):
- 古フランス語(悪魔名)「ハーレキン(Harlequin)」
- イタリア名「アルレッキーノ(Arlecchino)」
- フランス名「アールキン(Arlequin)」
- 英名「ハーレクイン(Harlequin)」
この辞書では、英名「ハーレクイン」が成立した時期を 1580~1590年としています。
この辞書の説によるなら、喜劇家マルティネッリはフランスの公演でイタリア名「アルレッキーノ」を用いたことになります。 そして、そこからどうにかしてフランス名「アールキン」が生じ、その「アールキン」から英名「ハーレクイン」が生じた。 最長でもわずか6年間のうちに。
4.3.2. 私の仮説
私が考えた仮説は次の通り:
- 喜劇家マルティネッリが、フランスの民話に出て来る悪魔名そのままの「ハーレキン(Harlequin)」をフランスの舞台(コメディ・イタリエン)で使い始める。
- 母国イタリアに帰国したマルティネッリが、コメディア・デアラルテで今度はイタリア名「アルレッキーノ(Arlecchino)」を使い始める。
- 1600年代に英国でハーレクイネイドが始まるが、そこで使われた名前はコメディ・イタリエンに由来する悪魔名「ハーレキン(Harlequin)」。 この "Harlequin" が「ハーレクイン」と発音されるようになる。
- 長い時代を経るうちにイタリア名「アルレッキーノ」からフランス名「アールキン(Arlequin)」が自然と生まれる。